医学の話題医学の話題

若杉院長が医学の最新の話題を取り上げて書きます。なお、記事に関するご質問、お問い合わせにはお答えしていません。

記事一覧

高コレステロール患者治療

 このところ、高コレステロール治療の話題が続きますが、前回と同じく第48回動脈硬化学会での報告です。成人 特に家族性高コレステロール血症(FH)の方に、欧米ではすでに使用されている治療薬MTP(ミクロソームトリグリセライド転送酵素)阻害薬 ロミタピドの日本での使用が検討されている旨の報告が、国立循環器センターからありました。高額な薬として抗PCSK9抗体製剤(レパーサ)が現在保険適応されていることは、既にお知らせしました。しかしレパーサはモノクローナル抗体でできた注射薬なのに対し、ロミタピドは内服薬であり化学合成で作られます。明らかにコストは下がるでしょう。
レパーサ導入以前はFHの方に対して、スタチン、エゼチミブ、プロブコール内服の上必要に応じてLDLアフェレーシスを施行していました。そこへレパーサが出現したわけですが、新薬の登場でさらにFHの治療が広がる可能性がでてきました。
今回はまだ使用されていなかったり、使用されて間もない薬剤の名前ばかり出てあまりなじみがなかったかもしれません。ところで6-7月に某週刊誌が高脂血症薬ほか、さまざまな薬や医療行為をやり玉に挙げていました。われわれ医学界は大変迷惑な記事として一顧だにしなかったのですが、医学の最先端ではさまざまな研究や治験が行われていることを知っていただきたく今回のお話としました。
(文責 院長・若杉 直俊)

えっ、子どもでもコレステロール値が高いの

 さいたま市では、小学4年生で肥満度が30%以上の場合血液検査を施行し、コレステロールや血糖の異常がないかを調べます。しかし肥満がなければ、まずこどもがコレステロール値を目的にする血液検査はしません。しかし、正常体重でも高コレステロール血症のこどもは存在します(www.j-athero.org/specialist/fs-s.html)。
 家族性コレステロール血症(以下FHという)という病気があります。FHはタイプ別に1から5型に分類されます。このなかでコレステロール(特にLDLコレステロール)が高いと、10歳頃から頚動脈エコーで動脈硬化が顕在化することがしられています。ヘテロ型のFHで500人に1人ほど診断されます。2、3親等の血縁にFHと診断された方がいる場合、こどもでも血液検査を受けるべきです。
 もし小児FHと診断された場合、従来のガイドラインでは血液アフェレーシス(透析のようなもの)が治療の主体でしたが、3年前から大人と同じスタチン系の薬剤内服も考慮されてきました。実際、アトルバスタチンやプラバスタチンなどは小児への適応も通っています。FHをしっかり管理しないとどうなるか。成人期になって、脳血管疾患(脳梗塞等)や冠疾患(狭心症・心筋梗塞)を高率に発症します。2017年第48回日本動脈硬化学会の中で、FHワーキンググループは、2017年度ガイドラインにむけてスタチン系の薬剤を治療の主体に置く提案をして、多くの賛同を得ています。ここで申しあげたいのは、コレステロールがきわめて高値の方がいる家庭においては、ぜひお子様方にも目を向けていただきたいと言うことです。(文責 院長・若杉 直俊)

禁酒か節酒か

 仕事帰りのちょっと一杯、サラリーマン男性の至福の一時でしょう。ところがアルコールがないと、手の震えや不安にかられるアルコール依存症になると、これは病気です。日本のアルコール依存患者は109万人います。そのうち治療対象となっているのは約4万人、しかも長期断酒に成功するのは約2割だそうです。
 2016年6月 日本精神神経医学会のシンポジウムで、アルコール依存症が議題として取り上げられました。従来の治療では完全に断酒しないと完治と考えず、治療脱落例が大半でした。しかし、節酒も治療効果有りとすると 31例の依存症の内 長期良好14例 短期良好6例の3分の2に効果が見られたと、国立福岡病院から発表がありました。さらに300人に対象を広げ、節酒指導を続け 日本酒換算1日2合以下群で1年後も2合以下持続 1日4合以上の群で、1年後2合以下へと多くの例で減酒ができたというのです(杠 岳文院長)。つまり、断酒ではなく、節酒を目標にする治療が大事だということです。
 従来からの断酒剤ジスルフィラムは悪酔いを誘発し酒を断つ薬ですが、真の酒飲みはまず服用継続しません。2013年新しい薬アカンプロサートが断酒薬として承認されました。さらに現在治験中のナルメフェンも将来節酒剤として使用できるでしょう。またアルコール依存症には、うつ病合併例も多いのですが、その治療も併用するとさらによい結果が得られています。お酒のみの皆さん(筆者も含めて)節酒をめざしましょう。(文責 院長・若杉 直俊)

ドラッグ・リポジショニング

 現在使用されているクスリが、全く別の病気に効果を示すことがあります。これをドラッグ・リポジショニングとよび、先日のNHKのサイエンスゼロでも取り上げられていました。
 新薬が開発され、治療現場に投入されるまでには膨大な基礎研究と臨床試験が必要です。かつては、2-3万の化合物から1剤しか実際に臨床応用されないという膨大な労力が必要でした。最近はドラッグ・デザインの方法で、もう少し効率的に開発されています。ところが、現行のクスリでは使用経験も副作用情報もしっかりあるために、本来とは別の病気に効果が確認できれば速やかに適応拡大が望めます。番組では、HANPという心不全のクスリが手術で摘出した後の肺癌患者の再発を防ぐ効果があり、eセレクチンという蛋白が関与する機序も併せて報道されていました。もちろんこれは本来の適応外の使用ですから、現在のところ保険適応されません。現在肺ガン専門医の間で治験が重ねられています。ほかにも、ウィルス性肝炎の治療薬リバビリンが、前立腺癌に効果があることが泌尿器科医の治験で明らかになってきました。これも保険適応外です。妊婦においてアザラシ肢症の児を産む危険がある止痢剤サリドマイドも、一部の白血病への効果があることが知られています。
 今回の記事には保険適応外という言葉が多く使われました。ガンなどの治療を大学病院などの専門医から受けながら、高血圧や糖尿病などは地元で治療する方の数は大変多くいます。そのような方が、自分でかかりつけ医に申告し治験を並行して行うのが患者申出療養制度です。我々開業医は、そのような申し出に対して専門医と連携しながら対応する用意がありますので、是非遠慮なくご相談ください。(文責 院長・若杉 直俊)

ウオルマン病

 聞き慣れない病名でしょう。筆者もほとんど知識がありませんでした。生後1-2ヶ月で嘔吐下痢を繰り返し、体重増加も不良 血液検査では肝機能の数字に異常を来す児でこの疾患を疑います。50万人に1人の割合で発症します。一方小児期から成人にかけて発症するコレステロールエステル蓄積症(CESD)という病気もあります。4万人に1人の発症で、肝機能異常や肝硬変 副腎の石灰化などがみられます。
 2つの病気ともライソゾーム酵素リパーゼ(LAL)の遺伝的な欠損から起きる病気です。診断は、この病気を疑った方で血液のLAL活性を測定し、明らかに低下した場合に診断します。従来は、診断がついても低脂肪食やスタチン系薬剤で脂質異常を改善するしか方法がなく、ウオルマン病と診断された場合ほとんどが1歳までになくなり、CESDも予後はあまりよくありません。
 ところが米国で開発されたLALの働きを持つ セベリパーゼ アルファ遺伝子組み換え酵素を投与すると、この疾患の進行を食い止め予後も改善できるのです。そして、今年から日本でもこのクスリが保険適応で使えるようになりました。ただしその金額たるや、1バイアル20mgで127万円します。これを2週間毎に体重1kgあたり1mgの量で注射し続ける必要性があるのです。
 このような、稀少疾患に効果のある薬をオーファンドラックといいます。しかし、患者さんにとっては金額の多寡にかかわらず命をつなぐ手段です。数少ない難病患者にオーファンドラッグを途切れずに手渡すのも、多くの国民の義務であると筆者は信じます。(文責 院長・若杉 直俊)