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若杉院長が医学の最新の話題を取り上げて書きます。なお、記事に関するご質問、お問い合わせにはお答えしていません。

記事一覧

カブトガニと医学

 今から2億年以上前から地球上に生息して、その姿をとどめるカブトガニ。そのカブトガニが人類に貢献していると聞いたらみなさんどうお考えでしょうか。
 カブトガニの血液は青色です。これは人間の赤血球にあるヘモグロビンにかわって、ヘモシアニンを血球内にもち、これが酸素と結びつくと青くなるためです。その血液から抽出した物質が人類におおいに貢献しています。その物質をLAL(Limulus Amebocyte Lysate)と呼びます。数億年生き延びたカブトガニの血液は、細菌毒素にふれるとすぐ固まり自らへの細菌侵入を防ぎます。細菌特にグラム陰性菌の毒素(エンドトキシン)は、人間にとってもショックをおこすほど有害です。その性質を利用して、医療に用いる器具や薬品などにその毒素が含まれるか否かをこのLAL試薬で確かめるのです。
 いずれ医療における殺菌消毒のお話もする予定ですが、目には見えない細菌のそのまたさらに細かい毒素を検出して、安全な医療を行う手助けをしているカブトガニ。日本における生息域は環境の変化でどんどん縮小していますが、アメリカのカリフォルニア付近にはこのカブトガニが数多く生息し、LALを産出中です。ちなみにその試薬は、1Lで1万ドルほどするそうです。(文責 院長・若杉 直俊)

離婚と脳卒中

 離婚により脳卒中の発症リスクが1.26倍増加することを、国立がんセンター健康研究センター長の津金昌一郎博士がStroke誌(2016:47:991-998)に発表しました。
 これは、1990年と1993年 全国9カ所の保健所管内で暮らしている既婚の40-69歳の男女約5万人を、15年間追跡調査した結果から導き出されました。調査開始5年以前から配偶者と同居した方が配偶者と別れて暮らすことで、脳卒中発症率が変化するかを調査した結果です。離婚ないし別居の有無についてのみ注目しての結果です。
さらに条件をしぼって解析しています。こどもとの同居の場合、「離婚してこどもと非同居」が男性で1.10 女性で1.15であったのに比べ、「離婚してこどもと同居」は男性で1.44 女性で1.45と有意に高かったことを報告しています。親としての役割が影響を与えているのでしょう。
 親との同居では、「婚姻状況が変化せず親と同居」群に対して「離婚して親と同居」の脳卒中発症では、男性0.96 女性1.33であり、女性に高い結果がでています。男性では親との同居がリスク軽減に働いているようです。
就労の関係では、男性はほぼ就労継続で比較なし 女性は就労中における離婚の前後でほぼ同じ、無職の離婚では前後で2.98と明らかな増加がみられたそうです。
この数字だけで単純な結論は出ないでしょう。社会環境も考慮に入れるべきですが、面白い数字なので取り上げました。
(文責 院長・若杉 直俊)

HeLa細胞

 第2次世界大戦が終わり医学の知見が飛躍的に拡がった1950年代、多くの医学者の努力により現代医学の基礎となる様々な発見がなされました。最近NHKの番組でも取り上げられたのですが、HeLa細胞が発見されたのもこの時代です。HeLa細胞とはなんでしょうか。
 ヒトの細胞を試験管のなかで長時間培養することが出来れば、薬の副作用や病気のメカニズムの解明に大いに役立ちます。ところが20世紀なかばまで、多くの医学者が試みても出来なかったのがヒトの体細胞の培養でした。ところが、ジョンホプキンス大学のジョージ=ガイ博士が1953年に、黒人女性ヘンリエッタ・ラックスさんの子宮癌細胞を採取してこの技術を確立しました。その細胞を彼女の名前を略してHeLa細胞と命名しましたが、このHeLa細胞がその後の医学の発展に大いに貢献したのです。たとえばポリオのワクチンもこの細胞なくしては開発できなかったでしょう。抗がん剤の開発も、HeLa細胞あってはじめて成功しました。筆者は研究生時代細胞培養はしませんでしたが、隣接する研究室ではこの細胞を用いて病気の診断やさまざまな実験が行われていたのを記憶しています。
 ところで、ヘンリエッタさんは子宮癌手術から7ヶ月で亡くなりましたが遺族の方は現存しています。今から50年以上前には、アメリカでも患者の権利は顧みられていませんでした。彼女の細胞は本人やご家族の意向なしに、その後50年以上医学の研究に供されたのです。そこで4年前から、ご遺族とアメリカ医学界は対話を重ね遺族の意向を研究に反映することを約束したそうです。新しい話題ではありませんが、これからの医学を考える上で、示唆に富む話題であると思います。(文責 院長・若杉 直俊)

大震災と心臓発作

 東北大震災からはや5年、復興の道いまだしの状況です。今年の日本循環器学会は、その東北の地 仙台で開催されました。その演題の中で、岩手医大中村元教授のグループが、この4年間うっ血性心不全および突然死の発症が、震災前に比べ高い水準を示していることを発表しました。(日本循環期学会 2016.3.18-20)
 中村教授のグループは、東北各地の特に津波被害のおおきかった地域において、震災直後急性非代償性心不全がそれ以前に比べ2倍発生したことをかつて報告しています(Am J Cardiol 2012;110:1856-1860)。さらに続けてこの5年間の調査では、津波小被害地では震災前と比べ変わらぬ発症率が、大被害地では1.5倍に増加していることが判明したというのです。その背景には、津波被害による長期的なストレスや環境の変化が生活習慣の悪化をもたらし、この結果となったと推計しています。
 阪神淡路大震災でも同様に、仮設住宅や復興住宅での孤独死増加の問題が指摘されました。循環器学の分野では、ストレスホルモンであるアドレナリンなどの交感神経刺激物質が心筋にダメージを与えることは知られていました。それが、今回のようにはっきりと疫学的な数字で示せたことは、地震大国日本では重要な意味を持ちます。今後起きうる首都直下型地震や、東海・東南海地震でも同様なことが起きうるでしょう。今後の対策に今回の発表が活用されることを期待します。(文責 院長・若杉 直俊)

遺伝子治療(2)

 AADC欠損症の治療に続き、実現しそうな遺伝子治療の対象が筋ジストロフィーです。そのなかでも日本人に多くみられる福山型筋ジストロフィー(FCMD)がそのターゲットです。FCMDは日本人に多く現在患者数は1000-2000人います。昨年なくなった東京女子医大名誉教授福山幸夫先生が発見し、その名を冠した疾患です。
 FCMD遺伝子に異常が起きると、その生成タンパクであるフクチンに異常が発生し、症状としては歩行をはじめとする運動能力の低下がみられ、最終的にはねたきりになります。高度な知能・言語発達遅滞もみられます。平均寿命は17歳前後です。
 この治療に対して、神戸大学のグループはエクソントラップ阻害療法という遺伝子治療を試みました。これは、異常な遺伝子を読み込ませない薬(アンチセンスオリゴヌクレオチド)を投与して、細胞内で異常な遺伝子の働きを阻止し、正常に働くフクチンを作り出す治療です。試験管内の実験では成功しています。この方法は世界的にも患者の多いデュシャンヌ型筋ジストロフィーでも試みられている治療です(残念ながらまだ実用化されてはいません)。
 日本人が発見した病気を、日本人のグループが画期的な薬で治療する、われわれ医学に携わる人間にはワクワクするようなお話ですし、患者さんにも光明になるでしょう。(文責 院長・若杉 直俊)