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若杉院長が医学の最新の話題を取り上げて書きます。なお、記事に関するご質問、お問い合わせにはお答えしていません。

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2015/16 インフルエンザワクチン

 以前の話題で、冬に流行するインフルエンザを予測して、その年の夏前頃にワクチン株を決定することをお話しました。今年も半年後の流行の予測が5月に決定され2015/2016はA型株が A/カリフォルニア/7/2009(X-179A)(H1N1)とA/スイス/9715293/2013(NIB-88)(H3N2)B型株がB/プーケット/3073/2013(山形系株)とB/テキサス/2/2013(ビクトリア系株)と決定されました。地名と年号はどこで何年に採取されたかを示し、番号は〇○番目に分離された事を意味します。また、今年のA型株は自然の株でなく、鶏卵のなかでヒトの手を加えて培養したリアソータント株(詳細は略)になっています。
WHOが決定した北半球むけの組み合わせと日本の厚労省の検討会とでは、B型株が一部異なります。なおH1N1は俗称ソ連かぜ H3N2は香港かぜですが、今年のH1N1は2009年のカリフォルニアですから、新型インフルの要素もあわせもっています。ワクチンメーカーの方にお聞きすると、それぞれ1種類の株一人分に対して有精卵1個を使うため、今年は昨年より1種類多く手がかかるといっていました。3千万回分のワクチンをつくるためには、1億2千万の有精卵が必要ということです。
2014/2015のインフルエンザ流行をかえりみると、A型の流行が目立ちBは比較的少なかったようです。浦和医師会の感染症委員会のインフルエンザ患者数と当院の数字を毎週報告してきましたが、ほぼ同じ傾向を示し皆様の参考のために2015/2016も同様な報告をこころがけたいと考えています。(文責 院長・若杉 直俊)

BRCA変異と女性ガン

 第1回目の話題で取り上げたBRCA遺伝子変異と女性ガンの追加報告です。カナダの女性疾患研究所のKelly Metcalfe博士らが、1975-2008年 BRCA1およびBRCA2遺伝子変異を有し、ステージⅠないしⅡの乳癌と診断された方676例を、診断後12.5年追跡調査しました。そのうち345例が正常な状態の卵巣摘出手術を受けていたのですが、卵巣温存群にくらべBRCA1遺伝子異常群でその後の乳癌死亡が56%減少したことを報告しています。(JAMA Oncol 2015.4.23)BRCA2遺伝子変異群では調査数が少ないため、明確な差は出なかったようです。
 アンジェリーナ・ジョリーが乳房切除の後卵巣切除の予定があることを表明したとき、驚きを持ってそのニュースが広がりましたが、その決断が医学的医にも意味あることがこの報告から確かめられました。この調査でも卵巣摘出は、乳癌診断後平均で6年後に施行されていましたから、彼女も近々摘出術を受けるものと思われます。
 米国予防医療サービス対策委員会(USPSTF)では、マンモグラフィーによる乳癌検診で乳癌死亡を減らす有効性を科学的にも証明しています。BRCA遺伝子検査をするまでもなくひろく女性が乳癌検診を受ける機会が増え、乳癌が早期に診断・治療されることを臨みたいと思います。(文責 院長・若杉 直俊)

免疫チェックポイント阻害薬

 ガン治療の主流は手術療法と抗がん剤による化学療法ですが、免疫療法といって癌細胞をヒトのもつ免疫の力で制する方法もあります。ガンワクチン療法も広い意味で免疫療法です。よくリンパ球を点滴するガン治療で患者を集める医療機関がありますが、せいぜい数ヶ月の延命効果しかないようで、今までは免疫療法にめだった効果は見られていませんでした。ところが昨年夏からガン治療に用いられているニボルマブ(製品名オプジーボ)は、皮膚癌の一種メラノーマに対して画期的な癌免疫治療効果を示しています。
 5月17日のNHK番組サイエンスゼロでも紹介されていました。この薬は、ガン細胞を排除するキラーT細胞の活性を持続させて治療する薬です。一方ガン細胞は自ら生き残るため、キラーT細胞の働きを止めるPD-L1という酵素をもっています。オプジーボはこのPD-L1を阻害する働きがあり、従来すぐ弱ってしまったT細胞を長く働かせ続けてガン細胞をたたくのです。ただし、すべてのメラノーマ患者さんに効果があるわけではなく、3-4割の方にのみ効果が見られます。(詳しくお知りになりたい方はhttp://www.ono-oncolgy/patient/ をどうぞ)
 一方同様な抗PD-L1阻害薬ペンブロリツマブ(日本では未発売)もメラノーマに効く薬として欧米で使用されていますが、肺癌のうち治療が困難な進行性非小細胞癌にも効果があることがUCLAのGaron博士により発表されました(NEJM 2015.4.19電子版)。いままであまり顧みられなかった免疫療法も、これからは手術・抗がん剤治療と肩を並べそうです。(文責 院長・若杉 直俊)

iPS細胞治療の発展

 以前に網膜の病気にiPS細胞を用いた治療が神戸の病院で行われ成功したことをお知らせしましたが、2015.4.24-26 日本循環器学会で、大阪大学宮川博士が重症心不全の動物にiPS細胞で作成した自己骨格筋芽細胞シートを用いることで治療できたことを発表しました。
 iPS細胞の臨床応用で問題になるのは、細胞シートに未分化な細胞が混じっていると、移植に用いた臓器とは別な臓器(この場合は心臓以外の臓器)へ分化して、移植にならないことが知られています。そこで、細胞シートから未分化な細胞を1%以下に除去する技術が必要で、宮川博士はそれを成功させたのです。博士は来年から、人体への応用をはじめることも発表しています。
 心筋の働きが悪くなる病気としては、心筋症がまずあげられます。また心筋梗塞後に合併する心不全も対象になります。それら疾患を持つ方には朗報でしょう。これからも心臓や網膜以外の、再生医療の成功が続々と報告されるはずです。そのたびごとに皆様へ報告できるよう、努力するつもりです。(文責 院長・若杉 直俊)

線虫とがん診断

 線虫は動物に寄生して子孫を増やす生物で、ヒトにつく回虫やサバなどにつくアニサキスがその仲間です。そのアニサキスが胃癌患者に感染した際、内視鏡で腫瘍の近傍に存在している事実を一人の医師が発見しました。アニサキスが癌を判別する能力があるかもしれないという発想のもと、線虫を研究している九州大学の広津崇亮博士に相談したそうです。広津博士は、研究室での実験からそれを癌の診断に応用することに成功して、ネットでも話題になりました。また5月9日のテレビ朝日 夏目と右腕 の番組内でも紹介され、視聴した方もいるでしょう。
 彼の研究によれば、線虫はヒトの癌細胞から出る微量な物質の匂いをかぎわけるというのです。そしてこの研究が実用化されれば、尿1滴で癌を早期に診断できると述べています。なんとなくうさんくさい感じもしますが、癌患者をかぎ分けるイヌがいることが知られています。イヌの嗅覚はヒトの1万倍以上といわれています。その点では、がん特有の物質に匂いがあっても不思議ではありません。ただし、まだその物質が化学的にどの様な組成であるかは不明だそうです。ましてや下等な生物の線虫にその能力があるか不明ですが、それが事実ならとても面白いと思います。
 広津博士は理学部の出身ですが、さまざまな学問分野の人材が医学の世界に飛び込んで人類の夢である癌の克服に力を貸していただけることは、患者さんにも医療関係者にもおおいに励みとなることは事実です。 (文責 院長・若杉 直俊)