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若杉院長が医学の最新の話題を取り上げて書きます。なお、記事に関するご質問、お問い合わせにはお答えしていません。

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母乳のネット販売

 乳飲み児が一心に母乳を飲み、母親が子どもに乳房を含ませる姿は神々しくすら思えます。母乳栄養が子どもに与える利点は、さまざまな角度から報告されています。新生児が母乳をのんで、消化管感染に対する免疫をもらうことは有名です。また、母乳栄養の期間とその後30年間の知能指数や教育レベルの相関を調べた研究で、正の相関があること つまり母乳栄養が脳の発達によい影響があることが報告されています(Lancet Glob Health 2015:199-205)。
 しかし、様々な理由で母乳栄養できないお母さんもいます。イギリスの報告では、そのプレッシャーにかられた授乳婦がネットで母乳を売買し、そのために感染や異物混入の危険があることが発表されています(BMJ 2015:350:h1485)。この報道自体は日本ではあまりなじみがないかもしれませんが、しかし欧米のあとをおう日本においては、いずれこのような事実が社会問題化するかもしれません。母乳は細菌にとって、最高の培地なのです。またサイトメガロウィルスが20%ちかく混入していたとの報告もあります。
 いささか現実離れした報告かもしれません。日本で母乳のネット販売があるかも不明です。しかしここで述べたいのは、子育てする母親のプレッシャーは授乳だけではなく、さまざまあることです。おおらかな目で、子育て中の母子をみまもりたいですね。(文責 院長・若杉 直俊)

自信とポーズ

 2015年4月14日 NHKのTV番組スーパープレゼンテーションで、米ハーバード大学の社会心理学者エイミーカディが 2分間自信あるポーズをとるだけで成功が導ける、との内容を放送していました(興味ある方は、インターネットを用いて「エイミーカディ」で検索してください)。その内容は、動物でもヒトでも自信があるときは体を大きく見せ 不安なときは縮こまることから、心が不安なときに逆に無理してでも自信あるポーズをとることで不安を克服できるというのです。その際唾液検査をすると心がポジティブなときにでるテストステロン分泌が上昇し、不安なときにでるコルチゾール分泌が減少することが証明できたそうです。
 その仮説の真偽は筆者には不明です。ただ興味あるのは、彼女ら心理学者が自信と不安の指標にコルチゾールとテストステロンを選んだことです。テストステロンは代表的な男性ホルモンで、戦いにのぞむ戦士においては過剰に分泌されるホルモンです。コルチゾールは代表的な副腎皮質ホルモンで、たとえば体に攻撃がふりかかるアレルギー疾患の治療にも用いられる肉体を癒やすホルモンです。いずれどこかでホルモンのお話をしますが、ホルモンはごく微量でヒトの活動をコントロールします。免疫系に働くことで、ヒトの健康を守る働きもあります。ただし、それが単なるポーズをとるだけで分泌されるという説には驚きすら感じます。心理学者の仮説が医学的に正しいかは不明です。でも、とてもおもしろい理論だと感じました。
 不安や悲しみを克服する精神治療のなかに、行動療法といって徐々に自分の苦手な面を克服する治療法があります。これなどは、エイミーカディの理論とも結びつくかと思います。人体の不思議な一面なのでしょうね。 (文責 院長・若杉 直俊)

出生前診断(2)

 まだ胎内にある子どもの病気を知り、出産後にそなえることが最近の医学の進歩で可能になっています。羊水が過剰な場合、腹囲が他の妊娠月齢の妊婦さんより著しく大きくなります。この場合胎児の消化管奇形が疑われますが、エコーやMRIなどから出生前診断も可能になりました。心臓奇形の場合、胎児の心臓手術の一部がカテーテルでできるようになり、生まれる前に子宮内で治療する夢のような現実が到来しています。
 出生前の胎児の病気の診断を母体血から行う話題を、18回目にしました。今回同様な手法で、デュシャンヌ型筋ジストロフィー(以下DMD)とターナー症候群を診断に加えるか産婦人科学会の倫理委員会で検討中というニュースが流れました。DMDは男児のみに発症する筋肉の病気で、徐々に筋力が落ち最終的には呼吸筋が機能せず死に至る疾患です。病気の遺伝子はX染色体にあり、母親が2本持つX染色体のうち病的な1本のX染色体が子どもに遺伝し、父親からY染色体の遺伝を受けると発症します。またターナー症候群は両親からうけつぐべき性染色体が1本のみで、X染色体しかないため外見は女性ですが低身長やホルモン異常 2次性徴の欠如などが特徴の疾患です。ちなみにY染色体1本の場合は、受精後胎児として育ちません。
 遺伝子の病気は、残念ながら確実な治療法はありません。以前に記したようにそれが判明したとき、ご両親は胎児の成長を願わず妊娠を中止してしまうことが予測されます。倫理委員会で検討されるのはそのためです。いずれ結論が出るでしょう。哲学者や宗教家も交えての、専門家の納得のいく結論が出ることを待ちたいものです。
(文責 院長・若杉 直俊)

鎮痛剤テープの使用法

 鎮痛剤テープのうち、内科・整形外科を問わず最も多く使用されているテープがモーラステープといって当院でも採用している銘柄です。テープに調合されている鎮痛剤の主成分は、ケトプロフェンといって内服でも用いられることもあります。ところが、このケトプロフェンには注意すべきことがあります。それは、テープを貼ったまま太陽光を長く浴びるとかぶれることがあるのです。
 ケトプロフェンの消炎作用は強力で広く用いられるのはそのためですが、逆にお年寄りが医療機関で処方されたテープを小中学校の孫が使用して、特に子どもは外で遊ぶことが多いですから、テープによる日光皮膚炎が生じる心配があります。もちろん高齢者でもかぶれることがあり、長い間の日光浴は避けるべきものとされています。
市販の外用薬でもかぶれが生じることがあります。代表的なものにクロタミトン(薬品名オイラックス)や水虫の薬のラナコナゾール(薬品名アスタット)などもかぶれを起こすことが多いようです。もちろん、問題のない方は普通に使用継続して構いません。
 モーラステープは、使い回しをしないことが大事です。外で遊ぶことの多い若者には特に要注意です。もし、テープのはった部分が赤く腫れるときにはまずさし控えること、そのうえでケトプロフェンが原因であれば、パッチテストという薬品を皮膚にはってかぶれがあるかの検査をします。比較的多いかぶれの原因ですので、気になる方は必ず医師に相談してください。(文責 院長・若杉 直俊)

炎症性腸疾患

 4月の日本医師会雑誌では、炎症性腸疾患(以下IBDと略す)を特集しています。聞き慣れない病名かもしれませんが、安倍総理が治療中の病気で彼は潰瘍性大腸炎(以下UCと略す)です。他にクローン病(以下CDと略す)もIBDにあたり、平成25年には日本全体でUCが16万人、CDが4万人と報告されています。
 UCもCDも何らかの遺伝が関与し、さらに免疫異常が加わると発症する病気です。症状は下痢 血便 腹痛の持続です。最終診断は大腸内視鏡で行います。欧米では人工10万人あたり200-300人と報告されています。日本では、1億2千万で20万人ですからこれからも報告例が増加するでしょう。治療は薬物療法が主です。サラゾピリンという消炎剤とステロイドが用いられます。最近はモノクローナル抗体も徐々に使用されていますが、病気を全くなくしてしまう治療法はありません。病変が重いときには手術で腸を切除することもあります。UC、CDともに特定疾患に指定され、医療費補助があります。一方IBDに似た病態に、過敏性腸症候群があります。これにはあきらかな粘膜の炎症がありませんので、大腸内視鏡で鑑別できます。
 長引く下痢や腹痛があれば、主治医を通して専門医受診が必要です。気になる方は、医師に相談ください。(文責 院長・若杉 直俊)